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『生きゆくこと』
2009-09-29 Tue 23:00
神社の気がいいのは、「木」がいいんだと思う。緑、木、大好きです~!!

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sIMG_4928.jpg 
*外宮


sIMG_4941.jpg 
*月夜見宮


sIMG_4968.jpg 
*内宮


----------------------------------------------***

今日も元気でコンバンワ!

毎日、新しい生命をもらってこの世界に生きていることを感謝します。
今この瞬間にも、世界では色んなことが起きている。
何が起きても起きなくても、ただ毎日一生懸命生きるだけ、ですね。

みんなみんな、頑張って、生きててほしいと思います。
今日もただ、そこに居てくれて、ありがとう。

* * * * * *

最近、、、すっかり鎖国状態の私です。^^

いつのときからか、、、
自分はいったい何を求め、何を望み、何を渇望していたのか、
すっかりわからなくなってしまいました~ん♪

きっと、それは「未知」だから。

ただ、目の前の小さな幸せに感謝して生きる。
どんなにいびつでちっぽけな自分でも、
だからこそのチカラを、惜しげもなく差し出しながら。
一生懸命、生きる。

きっとそれが、世界の幸せとリンクしているということを、ただ信じて。

そうなんだ。忘れちゃったけど、とっても信じてる。

「未知」の、その瞬間を、待っている。

その瞬間が来るかどうかもわからない。
来なければ、ただ一生懸命生きたこの生を、いつか終えるだけ。
その時、きっとわかるだろう。

何のために、生きたのか。

それでいいのです。



そうそう。
前回の日記で、最後のほうに書いたけど、
我が家の夫ちゃんに起きた「怪」現象。
自身が大怪我をしたり、
めったに見ることもない動物の死骸に3度立て続けに遭遇したり。

この話しには続きというか、決め手というか、、、があるのです。


「また縁起でもない話しばっか~」って思う人がいたらごめんなたい。

えっとねーー。

実は夫ちゃん、つい最近、「お墓」をもらったんです。
お墓ですよ、お墓。

そんなこんなで、一連の連鎖にある時気づいて、本人もゾゾっと「死」を連想したようです。

(いや~、実は私は、「私かも」とか、思ったりしてましたけどね、、、)

このお墓は、夫ちゃんの実家の遠い遠い親族らしいんだけど、
血が途絶えてしまったようで、
「本家の長男」であるおじいちゃん(夫の父)が、受け継いで、
ずっとお墓の管理費?とか、払ってきたお墓なんです。

結婚した当初、お参りに来たことありますが
それ以来、一度も行ってませんでした。
夫の実家のお墓は近所にあるので、そこにはよく行ってるけれど。

夫ちゃんは次男なので、義兄が本家のお墓に入るわけで、
この遠い親族から受け継いだお墓は、夫ちゃんがもらうことになったのです。

おじいちゃんが亡くなってから、もう5年近く過ぎているけど、この夏に。


つい先日、そこに家族で行ってきました。

大阪の有名なお寺、四天王寺さんのすぐそばにある、大きなお寺です。
このあたりは、古いお寺がたくさんあって、大阪の歴史が詰っているようなところ。

お寺の「お墓係り」さんの話しによると、ここら辺りは大阪でもお墓の「一等地」。
そこに、古いお墓2基分。畳一畳分ほどの大きさがあります。

今はもう、お墓の新規分譲とかはしないらしいけれど
もしするとしたら、この広さなら一千万円はするでしょーー!!、と。

ただし、このお墓は、売るとかそういうことは出来ず、借地のようなもので
それに、ここに新たに新しいお墓を建てるとなると(お墓係りの人が言ったんですよ)
なーんだやっぱ何百万とかいるわけで、、、。

まーともかく、夫ちゃんのものになったわけです。

お墓を見て驚きです。
2つのお墓にはいっぱい名前が書いてあるけれど、
どの名前も、知らない名前。もちろん夫ちゃんの苗字とも全然違います。

江戸時代中期?に建てられてるそうだけど
戦争で資料がすべて焼けてしまい、
ここに眠るご先祖さまが、どういう人で、夫の家とどういう関係で、、っていうのも
まーーーったく、わからない、そうなのです。
おじいちゃんが亡くなった今となっては、知る由もなく、、、
でも、もらっちゃったわけです。

それで、家族揃って、もちろんAOたんも一緒にご挨拶に行ってきました。
名前も素性も、どんな人生を送った人たちなのかも、、何もかもわからないご先祖さま。

何のご縁か、、、ともかく感謝の気持ちと親近感が湧いてきます。。

あーー
このまま何ごともなければ、あたいもここに入るのだなぁ、と
通天閣方面に落ちようとする太陽を見ながら思いました。

夫ちゃんはここ数年を経て(保留にはなったものの妻からの離婚宣言も踏まえ・・・)、
めちゃんこ変身してます。

家事もすればにゃんこやワンコの世話は全部してくれてます。

以来私は、やりたいことは全部やる方向で生きてるし
罪悪感はほぼなくなって、正直で在ることがとても楽になった。

そして、だからこそ逆に、
今までの不満たらたらな自分を素直に詫びる気持ちや感謝の念も湧いてきます。

未来は限定しないけど、
今はここに居ることを選択したのは、他ならぬこの私。
日々新しく訪れる新しい朝に、元気で起き出して、一生懸命生きるだけ。

(いえいえ。もちろん不平不満は永遠にたらたらありますが、、、)

今は、何というか、自分にも夫にも、天にも神さまにも地球にも、

「お返し」の毎日のような気持ち。

何かわからないけれど、お返しの終わる、「未知」の「その瞬間」に至るまで。


うーん。そんなこと言ってたらあっとゆー間に年老いて、死んでしまうかも。

それならそれで良いのです。
毎日毎日の選択の結果だから。

ただただ、この人生を生きゆくだけです。


はい。
今日も縁起でもない話しでごめんなさいね。

私はどーーも、「死」というものに対してニブくてウトい、のです。
痛みや悲しみとかはもちろんあるんだけど
それよりも、ヒンシュクだけど、壮大なファンタジーみたいなものを感じてしまうの。

「死」というものが、いつの日も、関わる人にとっては
大きな大きなメッセージを届けてくれるものであったり、
変化や進化のきっかけだったり、
愛も憎しみも、どんな感情も、赦し、癒し、溶かしてくれるものであったり、
生物として生きゆく限り、誰にも避けられない肉体の死ほど、
人生最大の「意味」、とかなんとか思ったりしてるんです。

「死」は、恐いものではなく、「意味」。

その悲しみも、その痛みも、その混乱も、、、そのタイミングも。
この大宇宙が、言葉なきことばで伝えてくれる、大事なメッセージ。


はい。またまたオチもなく答えもなく、たらたら日記を書きました。

明日も早出出勤なのでもー寝ます。
毎晩布団に入ったら別の次元で神さまと「リゾート」してるのか、
全然熟睡した実感がありませーん。
(こんなこと言う人ほど高いびきで眠ってるものでつが、、、)


なので、とにかく、
明日もまた、皆たま元気で生きててください。

生きゆきましょう。美しく。


たったひとつの人生を。



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別窓 | 日記
『そして気になる地震』
2009-09-22 Tue 04:00
sIMG_5012.jpg


そして、続いて地震です。

もう、ご存知の方も多いと思うけど、
先日の日記でも紹介した、こちら。乙女なワタシには、タイトルを書くのもはばかられますが、、、
黄金の金玉を知らないか?

1ヶ月ほど前から、このサイト時々見ています。
今年夏からのマイブーム、「ひふみ神示から未来へ」からリンクしてあったのです。

だいたい、経済とか相場とか、なんか難しいことばっかだけど
文章がおもしろくって、大ファンになってました。

玉造さんだけじゃなく、船井さんはじめ、
この大気イオン地震予測研究会 e-PISCOでも
今は何故か消えているけれど、ついこないだまで、トップページにはっきりと
9月~10月末までにM8級の大地震が首都圏を、、とか書いてました。

玉造さんは、命がけで告知されてる感じです。

私個人は、皆多くの人と同じように全然実感ないですが、
大きな視点から見て、ここに至るまでのプロセスと、
今こうして、全然違う生活に落ち着いて(止まって)る状況とか、
ひふみを読めば読むほど、何も特別なことなどなく、
ただ、人として一生懸命生きること、身魂を磨くこと、我を捨てること、
それが、何かわからないけど、「道(未知)」であること、とか思ってると、
政治の世界は政権交代という、大峠を越え、
世界経済は大恐慌という大峠をこれから迎えそうだし、
木内さんが言ってた(他にもたくさんの人が言ってるよね)
その時代に、本当に突入した、ってのは、チームの皆たまは感じてるよね。

そして、その当の本人の木内さんは、体調を崩し、
崩しというより、生命の危険があるほどの体調不良だったのを笑って省みず
動きまくっていたのを、やっと受け入れて養生されているわけですが、
そうやって、止まらざるを得ない状況、、、にも、意味があると思います。


それでもなおかつ、ぼーっと何も起こるはずはない、、、とかも思ってますよねぇ、、


地震は、実際表の世界でも、テレビでも言ってるように
いつ来てもおかしくないのは周知の事実。

だから、これは予言でもなんでもないです。
予報です。注意報であり警報です。
来なければ来ないで、「よかったー」っていうことですよね。

天気予報と同じように、あるデータを元にした予報。
それも、警報です。注意するに越したことはないと思います。

私は逃げることも出来ないし、防災グッズもないし、本当に大地震が来たら大変なことです。

せめて、タンスとか倒れないように気をつけたいと思います。
掘りごたつの蓋をあけて、いつでもそこにもぐりこめるようにしとこうとか。
家族に声だけかけておこうとか。
何かあれば、施設へ駆けつけよう、とか。


余談なんだけど、、、
私が変化の時とか、何か「進化」しようとする時、
私自身には何の兆候もないんだけど、
わが夫ちゃんに、いろんなことが起こるんです。いつも。
車で大きな事故を起こしたり、原因不明のめまいや吐き気に襲われたり、、、


この1ヶ月、、、
夫ちゃん、まず、自身が、手首を12針縫う大怪我をしました。
もう数ミリずれていたら動脈バスッと切ってました。

そして、続けて、ちょっとコワイものと遭遇しています。
こっから、心臓の弱い方は読むのをお避けください、、、^^

まず、イタチの死骸。。。

我が家のちっこいワンコ、ももちゃんにそっくりで、
てっきり家から脱走したももちゃんが車に轢かれたんだと思い走っていったら
イタチだったそうです。

そして次は、大きなネズミの死骸。
これ、内緒ですけど、我が家の外犬ワンコの犬小屋のすぐそばだったそう。
ネズミの死骸、、見たことあります~?

そして極めつけ。これコワイ、、、

すぐ近所の街路樹の根元に、割れたタマゴらしきものが落ちていたそう。
近寄っていって、腰を抜かしそうになったとか。
なんと、われた卵の殻から、半分以上、ひよこちゃんにかえっている「中身」が、、、


これ、どーですか、、、?
こんなこと、たて続けに遭遇するなんて、、、
さすがの天然の夫ちゃんも、自らの健康を省み、摂生をはじめてます。
太古の水、飲んでいますよ。。。

心優しい夫ちゃんは、さすがにネズミは、衛生面を考えて
ゴミとして処理したそうですが(かわいそうなんだけど、冷静だわ)
イタチも、半ひよこちゃんも、過去に発見した白骨化したにゃんこの死骸と同じく、
土に返してあげたそうです。。。合掌。


こんな、普段の生活の中ではあまり起こらないこと、
見たことないような、見る機会もないようなものに続けて遭遇していること、
進化や変化の、隠れバロメーター。

私の心配は、この、バロメーターさんに起きてることもあるからです。


防災対策だけは、考えておきましょう。ね!
逃げても逃げられなくても、大きな地震が起きたらどーーするか、
恐がらず、イメージだけはしときましょう。

脅かすつもりなんてないです。

そして、大難を小難に、、、無事に越せるよう、お祈りしましょう。


そしてまた、元気に新い朝を迎えられますように。


突然ですが、終わります。
まったまた、長い文章を読んでくれてありがとう!


皆さんに、神さまのご加護がありますように!



別窓 | 日記
『伊勢報告』
2009-09-22 Tue 02:57
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*こーゆー最高の景色のところに泊まって、、、やっぱ『リゾート』でしょ~か???

前の日記に優しいコメントくださった皆たま、ありがとーございます。m(_ _)m
日記を書く書くと書きながらやっぱり更新遅れてます。ごめんなさい。
小さなことでも少しずつ少しずつ。。。

まずは伊勢の報告です。

9/17.18、たった一泊でしたが、今回は車で行ったので
ガンガンに自由に走りまくり、合計で500km近く飛ばしたと思います。

前回、2泊3日の熊野で、毎日ものすごい肉体労働な私にとって
きっとものすごく疲れる旅になるだろうと思い、車での移動をあきらめたのだけど
思いがけず、まーーーったく疲れることなく、翌日からの4連チャン早出出勤も難なくやり遂げ、
いっぱい歩いたり泳いだりしたにもかかわらず、一切筋肉痛なし!で
素晴らしく疲れ知らずの不死身のこの肉体に驚くばかりでございました。

なので、今回は車での一人旅をする気になったわけです。
そして2日間走りに走り、歩きに歩いたにもかかわらず、、
やーーーっぱり、まったく疲れを知らず、翌日からしっかりお仕事してます。
なんて元気なんでしょう!!私。


はい。肉体の自慢はこれくらいにして、、、、。

2日間、鳥居をくぐりまくり、拍手を打ちまくりました。

伊勢神宮・外宮⇒月夜見宮⇒内宮⇒猿田彦神社⇒月読宮⇒倭姫宮⇒天の岩戸
伊雑宮⇒二見興玉神社・八大龍王大神⇒朝熊岳金剛證寺

それぞれの神社にもいくつも祭神があるので、神社の数の数倍お参りしたことになります。

さすがはお伊勢さん。平日なのに、外宮・内宮、とても人が多かったです。
だいたい「伊勢神宮」と一般的に呼ばれてるのは内宮ですが、
外宮からお参りするのが基本のようです。

「ひふみ神示から未来へ」の管理人さんが、

『内宮は太陽を、外宮は月を現し、拝む自分は地です。』とおっしゃってたのを
意識に入れながら、お参りしていました。

どちらも、その風格というか、誇り高きエネルギーに満ち満ちていて
素晴らしく日本を象徴する神社だな、と思いました。
(小学校の修学旅行で行ったし、独身の時に2度行ってますが、ほとんど記憶ありません;;)

うっすら記憶がある、内宮入り口の、宇治橋鳥居は工事中でしたけど、、、

外宮、内宮は観光名所なわけだから人も多くて当然なんだけど
それ以外の小さな神社にはほとんど人はいませんでした。

写真いっぱい撮ったけど、UPするのん大変なので、今回は以下だけにしときまーす。

最も興味深かったのがここです。

*月読宮
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外宮(豊受大神宮)の近くには、「月夜見宮」というのがあり、
内宮(皇大神宮)の近くに、この「月読宮」というのがあります。

太陽の神さまが天照大神で、月の神さまはスサノオさん、っていうふうに
なんとなく勝手に思ってて、
ひふみ系のサイトや、木内さん系のお話や、なんだかんだと
「月」=素盞鳴尊(スサノオさん)というイメージが、これも勝手にあって
スサノオファンとしてはこのふたつはかかせない神社だったんだけど、

この、内宮近くの「月読宮」に来てみて、驚いた。
一瞬、「あれ?」と思ったの。
デジャヴのように、見たことある、って思った。

これが本殿です。
sIMG_4978.jpg

この写真ではわかりにくいかも知れないけど、
熊野本宮大社に行ったことがある人は、きっとわかると思う。
そう。熊野本宮大社とそっくりだったの。
いや、実際の姿形は違うけど、一見して雰囲気がそっくり。
地味な風合いとか、ムードとかEnergyとか。
そして、祭神が四つ並んでいるのも同じ。

それもそのはず、説明を読んでまたまた驚きました。


(2)月讀荒御魂宮(つきよみのあらみたまのみや)
  月讀尊荒御魂(つきよみのみことのあらみたま) 
(1)月讀宮(つきよみのみや) 月讀尊(つきよみのみこと)
(3)伊佐奈岐宮(いざなぎのみや) 伊弉諾尊(いざなぎのみこと)
(4)伊佐奈弥宮(いざなみのみや) 伊弉冉尊(いざなみのみこと)

上から順に、向かって右から順番に神さまが並んでます。
前の( )の中の数字は、参拝する順序です。


これ、熊野本宮大社
IMG_4849.jpg

こっちの神さまはこう並んでおられて、前の( )の数字がやはりお参りする順番。

(2)第四殿 天照大神
(1)第三殿 素盞鳴尊
(3)第二殿 伊邪那岐大神
(4)第一殿 伊邪那美大神

不思議に思うけど、参拝するのは、第三殿の、スサノオさんからなんです。
案内してくれたNoriちゃんに従って、スサノオさんは、二礼四拍手一礼。
それ以外の神さまは、二礼二拍手一礼。
スサさんは、だいたい四拍手、だそーです。(意味はわからないのでツッコミなしね。



どーーーーーですか??
祭ってある神さまのことは今は置いといて、
この、四神さんの並び方と参拝の順序。。。。お、おんなじやん。


え?こんなことみんな、とっくに知ってんの???^^;

私は詳しいことも歴史も何も知らないけど
なんか、胸がドキドキする感覚がありました。
そのあまり、本殿に帽子を落としてきてしまい、
車停めた場所から本殿まで、往復10分ほどの道を、
えっちらおっちら、、、2往復することになっちまいました。ちんどかった。


もとい。

それでですねぇ。
伊勢神宮=天照大神、っていう、すっごい単純なイメージしか私にはなくて、
そして、その裏というか、相対するお宮が、熊野本宮大社=スサノオさん、
って、思ってました。

その、「裏」こそ、隠された「元の大神」さまであるという、、、

このあたり、言うの難しいです。
本来、裏も表も、陰も陽も、どっちが良くてどっちが悪者とか、善も悪もなく、
いわゆる、役割として、相対的に在るだけで、
この次元では、表や陽を「正」とか「善」とかとする「仕組み」を作って、
その相対にあるものを「悪」と定義付けることで(岩戸閉め)で、この世を支配してきた、、、

あーー、わけわかりません。書くの難しいけど、わかる方、わかってください。


ややこしいまま、書き続けまつ。

神さまにも2通りあり、裏表があり、陰陽が相対的に在ることで中心があり、
その中心こそ、参拝する時に目の前の鏡に映る「自分自身」である、、、

私のよーな庶民的なオツム(頭)でも、ここまでの知識で雰囲気として、
昔から、すべての神社などは陰陽の両方が建てられていて、
その相対するエネルギーによって、バランスを取っていた、、とか思って。
そうしなければならなかった。相対的に在る、この世界の法則として。

外宮の近くの「月夜見宮」も、『月夜見尊』と『月夜見尊荒御魂』が一緒に祭られてて
これは、神さまにも、和御魂と荒御魂と、相対的にあるもので
これはひふみ神示でも言ってる、「神にも2通りあるぞ」ということと同じだよね。

「荒」という字がそのままスサノオさんを連想させてしまう私は、
荒御魂=スサノオさんだ、と勝手に思ってたんだけど、

この、月読宮の案内見てると、まー、熊野本宮でいう、天照大神の位置に、
月読宮荒御魂さんがおるわけです。
sIMG_4977.jpg

裏が表で表が裏で、、、
裏と表がひっくり返る、、、ってことで、

日ノ本、日本の象徴である神さまは、実わ、天照大神ではなく
スサさん(素盞鳴尊)だ、ってことが、暗に書かれてるんとちゃうのかな、と。

だいたい、不思議だよね。
右から順に神さまが並んでたら、ふつー、右から順にお参りするでしょうよ。
しかも右がアマテラスだったら、そら、「弟」より先にお姉ちゃんを。
いや、そりゃ、一般認識からいけば、お父さんお母さんである、
イザナギさま、イザナミさま、を先にお参りするとか、、、
それが、あの暴れん坊の、スサノオさんが、一番と、決まってるんですよ。


そいで、
皆が、「表」で「正」と思っている「伊勢神宮」(内宮も外宮も)は、
実は「裏」なんだってことを、最初から暗に示してるんとちゃうのかしら、とかね。



でーー、思い出したことがある。
いえ、ずっと思ってはいましたが、この「月読宮」に来てはじめて
その意味がわかったのですが、、、。

以前、このブログを読んでくださってる方で、木内さんの講演会にも何度か来てくれて
京都でさまざまな「ひと雫活動」をされている美人のHさん。
東京で木内さんの研修会だったかがあった時来られていて、
懇親会の席で木内さんと隣りあわせた時、
「今度、伊勢神宮に行くんですけど、何かアドバイスとかありますか?」と尋ねてはったんです。
木内さんって、普段、あんまり何も「そのてのこと」は言ってくれませんが
質問すれば、どんな質問でもだいたい真面目に答えてくださるんですが、
その時、木内さんが、Hさんの顔をじーっと見てしばらくしてから、
「月読宮ってのがあるから、そこへ行くといいよ。」みたいなことを答えてたんです。

私は、Hさんにとって個人的な答えなんだろう、って、その時思ってたので、
後でHさんから、
「月読宮っていうのは2つあるんです。どっちだと思いますか?」とメールをもらった時、
「どちらでもHさんが思うほうに行けばいいと思いますよ!」とかお返事してました。

実際自分が伊勢に来てみて、

「あーー、ふたつある、ってこうゆうことか。」(外宮近くと内宮近く)
「あーーー、ここに行くといいっていうのは、こうゆうことだったのか。」とか、
初めて合点がいった、という感じでした。


あー。またオチがありません。
答えなどもちろんありません。

表が裏で裏が表です。真実は。
そしてもちろん、日と月だけでは相対的なこの3次元しか語ることは出来ず、
「地」である神、自分自身に、真実の神の宿る、お社がある、、、、みたいなー。

そんなこんなで、うまく書けてませんが、大満足の発見です。

はい。おしまい。
相変わらず、知識がないばっかりに、言葉足らずでごめんなさい。
ま、私の日記なので。(^-^)>


と、伊勢報告でしたーー。





別窓 | 旅の記録
『真ん中のこころ』
2009-09-16 Wed 02:05
IMG_4875.jpg

日記に書きたいことがいっぱいあるんだけれど
書こうとすると、うまく言葉になりません。

頭で、キレイに並べようとするのか、矛盾を省こうとするのか、
つっかえてしまうことが多く、結局時間切れで寝てしまう日が多いです。

でも、前にちょっと書いたけれど、
「言葉」は、神さまなのだそう。

人間だけが、言葉を話す。
本を読んだり、映画を観たり、世界は言葉に溢れている。

昔、祭主の名言で大好きだった言葉

 「人は、言葉で世界を見つけ創り出してきた。
  生き延びるためではなく、より豊かに生きるために。」

はじめにことばありき。


どんな素晴らしい本も、たとえばこんなブログでも、
読む人によっては、感じ方も捉え方も全然違ってくる。

何か、「心」に響くもの、同じもの、共鳴というか、心の響き。
それが、知らずと、自然に仲間を呼ぶことになる。

誰もが、その人にしかない、言葉を持っている。
それは、ひとりひとり、今ここに至るまでのストーリーがあって
どんなにこと細かく、その体験を言葉にほどいても、
決して決して、その人が持つ感覚や感情が、そっくりそのまま伝わることはなく、
その人でしか解りえない、この世にふたつとない物語を語るには、
その人の言葉で紐解くしか出来ないからなんだけど、
だけどだけど、人はどうも、似通った体験をすることが多くって
共鳴や共振が起こることで、気づきや感動を呼ぶわけです。

あーーーん。
何いうてんねやろ。しんど。

その、ですね。
その人でないと決して語りえない体験を、言葉にほどいた時、
読む人が、「あぁ!!!」とか「おぉ!!!」とか、響く時、
それが、神さまの言葉になる、ということなんです。

いや、だからですね。
みんなの語る言葉の中には、
意識するとしないに関わらず、出会った人の誰かにとっては、
「神さま」の言葉として、そのチカラを放っている、ということなんですね。

だから、みんな、語ることをしないといけないのです。

ええええ???わかりませんよね。言ってること。


とにかく。
私は、少しずつでも、これからも書いていこうと思ってます。

自分の中の神さまが、どんどん姿を顕してくれることを願って。


-----------------------------***


・・・・・と、ここまで書いたのは数日前。^^;

こんな風に、書いては書いてはボツにしているワタシです。

今日は、続きを含めて日記書きますっっっっっ


施設でお仕事するようになって約5ケ月。
仕事はとってもとっても楽しいけれど、
自転車での行き帰りとか、空を見上げながら

「ワタシ、何してんのかしら。」と
不思議に思うこともよくあります。

これほど「地に足つけて」生きている日々はかつてなかったかも。

「世の中」に失望していながら、
内側はとっても安定していて、物事を大きな視点で眺めることが出来る。
嘘ばっかりの世の中を見ながら、
嘘のない施設の人たちと、純粋に心が通い合う時間を生きている。

今日も、帰る前のとっても忙しい時間帯に、
5分おきくらいにナースコール(ナースじゃないけどね)を鳴らして呼んでくれる、大好きなHさんと「また明日ね!」とお別れしてきた。

彼女は、何度言っても、頻繁コール攻撃を続ける。

「出た」「う○こ」「しっ○」「お茶」。

そして、極めつけは、

「さみしいぃぃぃ」なのだ。

やっと他の人の介助を終えて彼女の元へ行くと
何ごともなく、にーんまりとする。

「何回コール押したか知ってる~?」と訊ねると、

「5回!」と答える。(ひゃー、ちゃんと数えてる!)

職員さんたちは、「も~助けて」と怒ったり泣いたり大変です。
確かに、夜中とかはそうだと思う。

いやー、でもね、これ、どう思う?
私みたいな変わり者は、見方が違うから、あまり職員さんたちには言えないけど、

嫌われても嫌われても、怒られても無視されても、それでも、

「さみしぃぃぃ」と、訴え続けること、貴方に出来ますか~?

うらやましいほどですよ。その「まんま」の「訴え」。

(すごいなぁ~。)と、マジで感心させられるのです。


ここは、感情のるつぼ。


いつもいつも怒ってる人もいるし、
依存や甘え、なりふりかまわず「私をかまって~」の人もいる。
喜怒哀楽、順番に、しかもかなり過激にローテーションする人も。

さすがの私も、いや、私の中のある側面が、
過激な「怒り」には、ぶるぶると震えるときがあります。

「感情」に対して、「感情」で正面から向かってしまうとき、
それがすべてとなって、相手に映し出されてしまうんだよね。


若い職員さんが、ある日私に聞きました。

「だいじょうぶですか~?精神的に参りませんか?」と。

あぁ。彼女は精神的に参ってるんだな、って思う。
彼女だけじゃなく、多くの人は参ってるかも知れない。
「仕事」と、どこか割り切っていないと、やってられないかも知れない。
実際、みんな若いのによくやってるなー、と感心します。


でも私は、精神的には全然参っていない。
それどころか、そのまんまのとってもわかりやすい表現をする人たちと居る方が、居心地が良くて安心で、嬉しくて楽しくてしかたない。

(本当はどう思ってんのかな、何考えてんのかな)って、
いわゆる「正常」な人間たちの本心を探りながら話すことのほうがずっと疲れる。

正直な人には、正直でいられる。

「さみしいぃぃぃ」と言われれば、ハグしたくなるよ。
泣いていれば、よしよしって頭を撫でたくなるよ。
恐いほど怒ってても、中身は神さまだもの、手を握りたくなるよ。
たとえ私の中のある側面は、ぶるぶると同じ「怒り」で共鳴していたとしても。


毎日、「本質」と向き合ってるんです。
本質じゃないものに余計光が当たって、
そのたびに、彼らの本質に、洗われている気がするの。


------------------------***

えーーっと、、、
またしても、本当に書きたいことにはたどり着けず、
時間だけが過ぎてしまいました。

そうなんです。
もっともっと大きな視点で、書きたいことがいっぱいあります。


でも、これで放出しときます。
言葉を話す、放す、離す。
この身体から離さないと、言葉にはならないんだもんね。

そのうち、ふん詰まり状態から脱できて、
本当に書きたいことにたどりつけるでしょう。
ちょっとでも出しとけば。


どんな文章であれ、どんな言葉であれ、どんな想いであれ、どんな表現であれ、、、
この世にふたりといない「アナタ」の言葉は、神なのです。

ひとりひとりが、自分の「型」を出し切ることが、
これからの世界をきっと変えてゆくと思うのです。

表面的な出来事や感情や動きはさまざまだけど、
だからこそ、すべてのうちに潜む、「本質」をよーく見る時。


政治・経済・インフルエンザ、、、
隠せないほど混乱してて、目に見えておかしなことばかり。
その裏で、いったい何がうごめいているのやら。

外の世界をしっかり見ながら、
ひとりひとり、かけがえのない自分の感性や直観を信じて
誰の真似でもない、自分自身を確立させていきましょーね。


今年に入ってから、明らかに違うし動き出してる。
すべての人の中の、ひとりひとりの中の、神さまが。

昨年までは何だったのかと思うほど、忽然と「消えてしまった」ものがある。

「通ること」が意味だったのだ、と、思うことにして
愛と感謝で、手放すものは手放して、動き出した見えない世界に生きてる。


そして、私は今、それなりに「止まって」ます。
本質は止まることなく、大躍進しているはずなんだけど、
そうゆうことにしときます。

木内さんも、体調不良で「止まって」らっさるので、、、


オチが見つからないので終わります。


とかなんとか言いながら、あさってから一泊だけ、「リゾート」してきますよ。はは。
8月に行けなかった伊勢神宮へひとり旅です。

無事、帰ってこれることを祈って。

皆さまも、この大混乱の最中、地震や台風にも気をつけてね。


参考までに。
http://goldentamatama.blog84.fc2.com/
この「方」も、すばらしい「型」でらっしゃいます。





たぶんとっても意味不明な日記。
こんな変人オバサンのことなど気にせずに、
あなたはあなたの、こころの真ん中に・・・・・。

おやすみなさい。

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別窓 | 施設の神さまたち
『熊野報告その2。そしてこれから。』
2009-09-09 Wed 09:09
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*三重県熊野市新鹿の海

熊野本宮大社近くのNoriちゃん宅(こちらの熊野は和歌山県田辺市)に
カメラを置き忘れて来てしまった私。

カメラ大好きな私は、何でもかんでもカメラを向けてしまう。
ついつい、その瞬間の貴重な体験を、写真撮影という行為に変えてしまう。

もっと体験したり感じたり、心や身体に思い出を刻みつけよう、ってことだったのかもねー。


5日、JR新宮駅でチンマイ&菅原真樹さんと合流。
一路海沿いに三重県の熊野、新鹿の海へ。
前日のカラリと晴れ上がった夏らしいお天気とは打って変わって、
朝から雨が降ってきて、時おりものすごい勢い。

結局2日間とも大雨となりましたけど
そこは真樹さん始め参加者の皆たま、達観?されてる人ばかり、
すべて神さまのお仕組み。抗ったり、天気を恨んだりする人はいません。
楽しくて、そして浄化と禊の2日間となりました。^^

小雨のあいだに散歩がてらビーチのゴミを拾いに出かけました。
とてもキレイに整備されたビーチだけれど、
それでも小一時間のあいだにかなりのゴミが集まりました。

そのあと、雨と風で波が出てる中、真樹さんたちは海へ入り
ボディーサーフィンでおおはしゃぎ。
あまりに楽しそうで、水着を着ていなかった私も
Tシャツと短パン姿で入ってしまっちゃいました。

も~、顔も服もぐちゃぐちゃになりながら、
パンツの中も(失礼)、耳の穴も砂だらけになったけど
波に押し流されたりもまれたり、ぐぉーーんと転がりまくる感覚、超楽しかったです。

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*この写真、妙な2重写りだけど、海はこんな感じ


その後、海の恵みのBBQをいただいて、
夜はチンマイがコンタクトをとった、地元のNGOの人たちが来られて
真樹さんの話しに耳を傾けました。

SLOW LIFEうみガメ隊という、シーカヤックツアーをしている人たちで、
それぞれ本業を持ちながら、熊野の海をこよなく愛する人たちでした。

シーカヤックで近くの無人島とかにツアーするらしいんだけど、
その無人島には、それはものすごい量のゴミが集まってる。
それで、いつしかそのゴミを持ち帰るようになったそうです。

真樹さんの話しで、太平洋のどこかに、世界中のゴミが集結する「渦」があって
それは、イリノイ州(確か)くらいの大きさにまでなっているそう。

海のゴミで最も多いのはペットボトルで、これは溶けることもどうすることも出来ず
永遠に海を彷徨い、そういう渦に集結してくる。

私たちは、プラスチックの「ゴミの日」にペットボトルを出したりすれば
それで「ちゃんとしてる」と「思い込み」、完了とばかり忘れてしまっているし、
道や川に、いとも簡単に捨てられてしまうペットボトルのことなんて
普段考えることもないけれど、そう。ペットボトルは人が意識して処理しない限り
半永久的?に「溶けず」、消えず、自然に帰ることは無いんだよね。

イルカやクジラも、ペットボトルを巻いているビニールを
くらげと間違って飲み込んでしまうことが多々あるらしく、そのせいで死んでしまうことも。

ハワイのどこかに、無人島で、ある鳥たちの棲家になっている島があって
そこを訪れた時、真樹さんは、鳥たちがあやまってゴミを飲み込んでしまったために
死んでいる姿をいくつも見たそうです。
骨だけになった鳥の、その形のままのお腹あたりに、使い捨てライターがあったり、
それはヒドイものなのだそう。
そういう実態を目の当たりにしている真樹さんは、
行動を起こさずにいられないのだと言う。

確かに、ゴミを意識し続けるということは大切なこと。

だってだんだん、「はいはい。わかりました。ごめんなさい。わかってます。」ってな感じに
なってきていませんか?

忘れてはいけないんだよね。
私たちは、決して自然には帰らないゴミを生み出し続け、使い続け、
そして、捨て続けているということ。

真樹さんの言葉でとても心に残ったのは、
そういうペットボトルさんとかのことを、汚いとか悪いものとか思うのではなく、
一時でも、私たちがお世話になったモノたち、ということも忘れず、
便利に使わせてもらってありがとう、と、感謝して、処分することも大事だっていうこと。

そうだよね~。
悪いのはペットボトルじゃない。創ったり発明した人たちじゃない。
便利さを追求した時代の流れがそうだったんだし、
今もなお、毎日のようにお世話になっている。
私たちみんなが、生み出し続けているものだもの。

最後まで責任を持ち、意識を持って行く末を考えなくちゃいけない。
そうなんだよね。。。



この海で漁師をしているという人もいて、
ここは、実はイルカがたーーっくさんいるのだそうで、
漁をしていると必ずたくさんのイルカたちが遊びに来て飛び跳ねるらしいです。
確かに漁師さんとしては困ることも多いらしいけど
今のところ文句を言う人もなく、イルカちゃんたちとは良い関係が続いてるらしい。

あったかい人たちだな~、と思いました。


そうそう、この2日間通して、
この近くにある、天女座(矢吹紫帆さんの)のカフェでアルバイトしてるという
ライフセーバーの和多田君もボランティアスタッフで参加してくれていました。
2日間、本当に色々サポートしてくださって、安心でした。
彼も熊野の海に惹かれて、ここに移り住んだ人。
あったかくて、真面目で、一生懸命な人でした。ありがとう。

一緒に参加していたIさん母子やI姉妹、とても素敵でした。
またいつか会ってゆっくりお喋りしたいな、って思います。ありがとう。


チンマイの息子ちゃん(中3だったかな?)も来ていて、男前でした♪
お母さんより20cmくらいは背が高いと思われる息子ちゃん。
ふと見ると、小さなチンマイが、雨や海でぬれた彼の身体を
背伸びしながら、バスタオルで「拭き拭き」しているのをよく見かけました。
いくつになってもお母さんは、濡れた息子の身体を拭いてあげるのです。
微笑ましくて、本人はちょっと恥ずかしかったりするのかも知れないけど
やっぱり嬉しいものなのです。

そして、すごいな、って思ったのは、
真樹さんも、そうやって、誰彼なく、濡れた体を拭いてくれていたこと。^^
ライフセイバーの和多田君も持っていたけれど、
とーっても吸水性のある「タオル」で、私たちの身体を拭いてくれるのです。
大雨に濡れたあと、海からあがったあと。
それが、何気なくて自然でとても普通で、子どもでもおばさんでも男性でも。

そうしてあげたいと思ったことを自然に出来る人。
きめ細やかで、押し付けがましくなく。

見習いたいな、って思いました。


後、雨で外では出来なかったけれど、ヨガのような体操を指導してくれたり、
2日めは、雨の中、シュノーケリングしたり。
神社を見つけるたびに「ご挨拶」に行って、祓い清めの祝詞をあげてくれたり、
食事の前には感謝の祈りを捧げたり、、、

静かで穏やかな時間が流れてました。
せっかちに生きている日常を、反省させられますね~。

真樹さん、貴重な2日間、ありがとうございました!


さて、その真樹さんが、来年、おそらく、すっごいチャレンジをします。
なんと、カヌーで、ハワイから日本へと渡るのだそうです。
何ヶ月もかけて。
詳細はよくわかってないので、今後真樹さんのブログなどを要チェックですが、
この冒険には大きな意味があるんです。

以前も書いたかも知れないけれど、
ハワイのネィティブたちに語り継がれている伝説に、「7つの舟」というのがあって
地球が大洪水に見舞われた時、ハワイから7つの舟(おそらくカヌー)が「放たれ」て、
そのうち3つの舟が、日本から戻って来たのだそうです。

だから、きっと、小さな舟であろうと(ヨットのように風を使わない)、
日本とハワイを繋ぐ「潮のみち」があるはずだ、と。

ハワイ島のネィティブたちと友好が深い真樹さんは
他にも数々の伝説を知っています。

これも詳しくはわからないんだけれど、
日本とハワイはとっても奥深い繋がりがあり、
今のこの時代、大きな破壊と創造が待ち受ける大変革の時に、
ハワイと日本が、とても重大な役割を担っているのだと。

この冒険は、自己顕示欲や、自我の名誉のためにやるわけじゃない。
登山家が、「そこの山があるから登るのだ」というように、
自分とってとても自然なチャレンジなのだと。
そして、自分がこのチャレンジを成し遂げることで、
多くの人に、人には無限の可能性があるということを伝えたい、と言ってました。


人には、、、
誰にでも「お役」があり、意識していてもいなくても、
皆、星に軌道があるように、自身の軌道を進んでいる。

今、私は障がい者福祉施設で働いていて、毎日大きな学びと体験をしている。
これも「お役」。
毎日、公園を掃除してくれているおじいさんも、
釜ケ崎で炊き出しや巡回のボランティアをしてくださってる人たちも、
家族を養うため、ツライ仕事もいとわず、給料を持って帰ってくれるお父さんも、
家族の幸せと健康を考えて、日々家事を切り盛りしている一家の主婦たちも、、、、。

どんなちっぽけなことでも、多くの人の無意識に影響を与えていたり
集合意識に風穴を開けていたり、人としての行動の「型」は、
必ず意識の波紋として、見えないところで拡がってたりするもの。

真樹さんは、今まで多くのことにチャレンジし、成し遂げてきた人だから
今回もきっと、やり遂げることでしょう。
大きな仕事だと思います。
それは、それぞれの青写真に従った「お役」ということであるなら、
大きい小さいは関係なく、、、やっぱり星の軌道、なのですね。

真樹さんは真樹さんならではの、お役を受け入れる・・・。

いえいえ、それはとんでもなく、スゴイ仕事なんですよ。もちろん。
誰にでも出来ることじゃない。本当に凄いことです。
それに果敢に挑む真樹さんを、私は応援したいと思います。

どんなチャレンジになるのか、とっても楽しみですね。
すでに、多くのサポーターも日本にいるそうですし、
ぜひぜひ、チャレンジが成功するように、応援してあげてくださいね!


ブログ 「人間すがはらまきの視点」
http://ameblo.jp/kalokohouse/

菅原真樹公式サイト「閉息」
http://www.heisoku.com/


-----------------------------***

さてさて。
今はもう日付が変わってしまったけれど、
2009年9月9日、今年も「くくり」の日に、夏の報告を終えたかった。
なので、9月9日9時9分の日付でUPします。^^

毎日毎日、この肉体を最大限動かして、お仕事しています。
施設の、裏表のないピュアで最高に神さまな、利用者さんたちと過ごす時間は
益々楽しくなってきています。

ここにずっと居るかどうか、それはわからないけれど、
毎日、神さまたちは、かけ引きのない無償の愛を教えてくれて、
私の中の、真実でないものに光をあてて引き出してくれて、
良いも悪いも、一切ジャッジせず、毎日新しく、
在るがまま、そのままで生きることを、教えてくれます。
さまざまに姿を変えて、私を試してくれます。
汚いもの、醜いもの、ネガティブなもの、、、
「神さまは、最も忌み嫌われる姿になって顕れる、、、」と
Matthewさんの日記で教えてもらったけれど、
それらすべてが、神さまの声なき声、姿無き姿だと思ってます。

社会で「障害」と呼ばれる「お役」を持って生まれている人たちが
私たちに、語らずとも教えてくれることは多いです。

それに気づくか気づかないか。
すべての行動が、神さまのメッセージだと思えるかどうか。

毎日、どんな「試練」が待っているか、楽しみにさえなってます。
今は、ここをしっかりと体験して通ることが、私の生きる道。

私は私としての、「型」を、生き示すこと。


そう思っておるのです。真面目に。


そんな日々を送りながら、
ブログを書き始めた頃から、発見したり感じたりしてきたことが
一貫性を持って、腑に落ち始めています。

最初からずっと言ってた。「本当の自分に還る」と。

今の生活このままが、自分の選択した道であり、
自分と、内なる神さまの、青写真の通り。

そう気づくことが、まず、自分への帰還であり、
その、真実の自分を生きることが、これからの人生となる。


大したことじゃないのです。
明日からまた、どんどん正直になっていきたいと思ってます。

普通に、日々思うことを日記に書いていくつもりです。

これからもどうぞよろぴくね!



わおー。もうこんな時間。
おやすみなさい。くくりの日の夜に。
また新しい朝の訪れを祝して。

長い文を読んでくれてありがとう。
読み返さずに送信します。


Ats

別窓 | 旅の記録
『熊野報告その1』
2009-09-07 Mon 22:33
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これが新鹿@Newbambi「アタシか~?」の駅です。


遅くなったけど、熊野の夏休みの報告でーす。
(もう秋だっちゅーのに、、、、スイマセン~~)

とにかく、毎日毎日、新しく書きたいこともいっぱいあって
熊野での禊の旅を経て、夏を越え、静かに進化してるのも感じてるし
これからはちゃんと日記を更新していくつもりでーす。

まずはとにかく、熊野の報告をしないと次へ行けない気がするので
1ヶ月遅れになってしまったけど、報告しまーーーす!


すっごく楽しくて嬉しくて、それはそれは癒されて、洗われた3日間だったのでした。


8/4(火)、まず熊野の山へ。
新大阪から、スーパーくろしお?に乗って海を見ながら紀伊半島を南下すること2時間。
その景色にすでに癒されながら、、、
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紀伊田辺から龍神バスに乗り換えて約2時間、山の中の道をゆらゆら揺れて
熊野本宮大社の手前、川湯温泉へ到着。

NGO関係のお友だちのNoriちゃんが待っててくれました。

まず、Noriちゃんが超~お薦めのここ。
世界唯一?世界遺産の地に湧き出る温泉、湯の峰温泉。
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小さな温泉街なんだけどとても心が安らいで、
さすがは聖地。土地のエネルギーというか
そこに居るだけでチカラをもらえる感じです。
「あー、日本って素晴らしい。」そう思えます。

ここのお湯は約90度という高温なので、
たまごを温泉につけておけば約10分でゆでたまごに。
これがもー最高に美味しくて私はいっぱい食べました~~~。

そして、このお湯、飲めるのです。
Noriちゃんが汲んできてくれて、温泉コーヒーを作ってくれました♪
そのままでもめちゃ美味しくて、たまごの味。もーサイコー。一日中飲んでた。
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そして、熊野の「山」に来た一番の目的、熊野本宮大社へ。

八咫烏(ヤタガラス)さんに迎えられて。
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この写真ではよく見えないけど、
本殿までの階段両側にずーーっと、キレイな音の風鈴が吊るしてありました。
スガスガしい音とはこのことでした。まるで。
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本殿入り口。
ここの菊のご紋はね。黒。なんですねーー。これ結構深い意味があるらしい。
伊勢神宮はたぶん白。そしてこないだテレビで見たけど靖国神社とかも白。
裏表。表が裏で裏が表。さーー。どっちがどうで何がなんなのでしょー???
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本殿。
神さまの名前ってたくさんあって、ややこしいことはわからないので省きますが
まー、真ん中が素盞鳴命、右側が天照大神、左に伊邪那岐神・伊邪那美神さまです。^^
写真は真ん中しか写ってまてん、、、
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決して豪華な社殿ではないけれど、
だからこその本物の風格みたいなのを感じました。
とにかく、、、来れてよかった。


そして、ここは熊野本宮の旧社地、大斎原(おおゆのはら)。
明治22年の大洪水まで、熊野本宮はここにあったのだそうです。
ここも素晴らしくスガスガしいスポットでした。
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キレイな光が写ってくれました。
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それから、この日の宿泊場所、Noriちゃんが働いている、川湯・みどりやさんへ。
ここで感激の「ご褒美」にあずかりました~。

Noriちゃんのお計らいで、こんな素敵なツインルームに泊めてもらえたの!
(その日はたまたま空いていたからです。念のため)

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なんと、このお部屋には、My 温泉がついてる!こんなん。
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わたしゃもー、部屋に入って即、飛び込みましたよ。
泣けました。嬉しすぎて。
自分の意思ではこんな贅沢なお部屋には絶対泊まらないもんねぇ~。
ほんと、神さま、Noriさまのお計らい、ご褒美と思ってありがたく・・・。
嬉しかった。え~ん。

夜は、美味しいお食事をしこたましこたまいただいて。
最近はずっと粗食ばかりで、こんないっぱい食べたの久しぶり。
あー。人間なのねーワタシ。

そして、Noriちゃんと川湯温泉につかって。

昼間に見た川湯温泉。素敵でしょ。
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この「みどりや」さん、超~お薦めです。ぜひ行ってね!

川湯 みどりや
http://www.urashimachain.co.jp/sansui/

翌5日は、またNoriちゃんが迎えに来てくれて車でお薦めスポットを案内してくれて
最後にNoriちゃんの家に。

こんな山を登って登って、、、
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そしてこれはNoriちゃんの家から見た山の風景。
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(私は何とここにカメラを置き忘れてしまい、この写真を最後に今回のデジカメ写真はお終い。涙。)

こんな山深いところに女ひとりで暮してるのです~。
ある日ある時、熊野にふらりとやってきたNoriちゃん。
お友だちが湯の峰温泉にいて、
「ここで働こうかな~」とふと思い、聞いてみたら求人があり
温泉付きの住まいも提供されて、、、
そのまま、トントンとお仕組みが進み、運転免許を取り、車も「いただき」、
今のこの家も見つかり、、、

家族には、「ちょっと行ってきます。」と言って出てきて、そのまま帰らなかったとか・・・

勇気の要ることだよね。ホント。
ほんわかと優しくてあったかーいNoriちゃんだけど
「見かけによらず」勇気とか度胸があるとか、思い切りがいいとか、
だけど、そういう言葉よりも、
ある日ある時、ピタリとそのタイミングを見つけてふわりと自然に乗った、
自身が本来居たいと望む場所で、こう在りたいと願う姿を見出したんだな、って思った。
そして抗うことなく、直観に従った。。。
とっても素敵であこがれるような生き方だけど
そこまで続く彼女なりの「道」があり、笑いも涙もあり、そして今がある。
すべてが、Noriちゃんならではの「道」なんだな、と思う。
誰もが皆、自身の道を歩んでいるのと同じように・・・


大きな刺激ももらったし、愛もいっぱいもらった。
神さまのGiftのような、熊野での山の一日でした。

Noriちゃん、ありがとう。
これからもずっと、これまでと同様、神さまのご加護がありますように・・・

------------------***

はーい。そして、8/5~8/6。今度は熊野の「海」へ。
2日とも、とんでもなく大雨でした。まさしく禊の海でございましたよ~。

真樹さんは、相変わらずとっても素敵で優しい男前でした♪


続きはまた明日。
おやすみなさい~~~。


※更新していないあいだも来てくださってた皆さん、
 ホントありがとうござます。感謝します。


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