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『夕やけこやけ』
2010-03-12 Fri 00:29
IMG_5433.jpg

ごぶごぶです。m(_ _)m

久しぶりに更新しますー。元気でつ。←テレテル。


ここんところ、雨がよく降ってますね~。
世界中で大きな地震が起きていたり、津波、寒波や洪水、、、

施設では、精神的に不安定な人は、ちょっと具合よくないです。
あー、世界は今、不穏なんだなー、とか思います。みんな敏感だから。


怒ると手が付けられなくなっちゃう人がいます。
彼女は今、ハイパーに、不穏です。。。

さまざまな[こだわり]を持つ彼女は、
自分の中の決まった順序が乱れたり、
伝えたいことがうまく伝わらない時、激しく怒ります。

大きな声で怒鳴り、罵声を施設中に轟かせ、
片方しか動かない手で、ケアスタッフの手をつかんだり引っ掻いたり、
片方しか動かない足で、あっちこっち蹴っ飛ばしたり。。。。
まー、その力の強いことと言ったら、、、、いつも、なま傷が絶えません、、、。

(ありゃ~。こうやって書くと、めっちゃ大変なことに聞こえる???)

いつものことだから、もうすっかり慣れてしまってるし、
ひと騒動が終わると、ケロリとして、ガハハとか笑ってくれるし、
手にちゅぱちゅぱと、チューしてくれたりね、
”ペッパー警部”を歌って笑わせてくれたりするのです。

時々、とんでもなく暴れる時は困ってしまうけど
それでも、私も、先輩スタッフたちも、彼女のことが好きなのは、
何と言っても、彼女に、全然「悪気」がないから。なんだよね。

あまりにケロっとしているので、コケそうになるほどです。

彼女にとっては、どうしようもなく
怒りを爆発させることでしか、自分を表現できなくて。

ただ、この世界で生きてゆく上で、
少しでも周りと「ふつー」に協調してゆけるよう、サポートは必要なんだよね。

時には叱り、時には見守り、、、、
彼女は悪くないんだけど、やっぱり、この世界で生きてゆくには、
「ふつー」に近づけるように、サポートしなくちゃならない。そう思います。


私は、、、、
本当に、よーーっぽどニブいのか、よっぽどブリっこなのか、、、

本当に、ここで暮す神さまたちのことが大好きで、、、
毎日、とっても楽しくお仕事させてもらってるんだよね。


今日も、夕食前、久しぶりにとーーーってもキレイな夕日が、
南西に大きく開いた窓の向こうに沈むのを、
無邪気で超ピュアな神さまたちと、声をあげながら見つめてた。

大きなオレンジみたいな夕日が、半分くらい町の影に沈んだころ、
誰かが突然、大きな声で、「夕やけ小やけ♪」を、歌い出したんだよね。

私なんてそんなの大好きだし、嬉しくて一緒に歌った。
そしたら、そこにいた人たちみんなで大合唱になっちゃって!!

も~~、こころがほっこりと、
モゾモゾと恥ずかしいような、幸せでいっぱいになる。

こーーーんな、シアワセな瞬間って、
「ふつー」に生きていたら、あんまり、ないよ。

キレイな夕やけを見たら、つい、「夕やけ小やけ」を口ずさんでしまう、って、
これ、めーっちゃ当たり前で、すっごく幸せなことと違う????

だけど、もし、公園とかで、「ふつう」の人たちばかりの中で
小さな可愛い子どもとかじゃなく、大きなオトナが、
突然、キレイな夕日を指差して、喜んで、歌い出したら、、、

みんなきっとビックリするのかな?
「変なヒト」とか、笑われちゃうんかな?

私も、「ふつう」の人の中では、ちょっと恥ずかしいかも。出来ないかもです。


だけど、本当は、こういうのが、一番好きです。


本当は、いつもこうやって、生きていたい。


朝日や夕日を見ては、キレイ~~~!と叫びたい。
虹を見つけたら、誰かに電話して教えてあげたい。

夜空の星がキラキラと光っていたら、
まん丸お月さまとか、細い細い三日月とか、見つけたら、指を指して叫ぶ!

歌を思い出したら歌い出す。
踊りたくなったら踊る!

あーーー。そんなふうに、生きていたいのです。


だから、ここにいる人たちが、大好きなわけです。


最近、またまた、テレビやニュースを見る気がしなくって
何でこんなにつまらないことで大騒ぎしたり、
恥ずかしげもなく、人の批判や悪口ばっか言ってたり、
人の足を引っ張って自分たちが伸し上がろうとしていたり、
誰がエラいとか、誰が無能だとか、、、
真実、人の痛みをまったく感じることが出来ない、おっさんやおばはん(失礼)とか、
いかにも、「ワタシはふつーーです。」みたいな顔して。
お金だの、教育だの、常識だのマナーだのが、どうとかこうとか、、あほらしい・・・

或いは、胸が痛くなるような悲しい事件とか出来事とか。。。
何でこうなるのか、と思うような、時代に逆行した提案だとか、、、

どんなにどんなに、愛と調和の世界を願っていたとしても
こんな世界でどうやって調和するんじゃい、、、と、

まともに見ていたら、ただただ無力さに肩を落とすばかり。


この世界は、どうしても、こうなんだよね。
もう、飽きちゃいましたーん。


だけど。仕方がないんだよね。。。

こうやって、相対する世界が、あーだこーだと争って、競って。
それを見ている人たちは、あっちに行ったりこっちに行ったり。

そうやって「運動」しながら、進化してゆくわけだから。


めんどくさーーい。けど、しかたないね。

私だって、この世界を選んで、周りと協調しながら、生きている。


「この、ろくでもない、素晴らしき世界。」(by ジョーンズ) で。


突然ですが、終わります。
また、書きたいことにたどり着けず、、、、(またかい!?!?!)


キレイな夕日を見たら、夕やけこやけを、歌ってください。元気が出るよ~。



夕焼け 小焼けで 日が暮れて
山のお寺の 鐘がなる
おててつないで みなかえろう
からすと いっしょに かえりましょ

子供が かえった あとからは
まるい大きな お月さま
小鳥が夢を 見るころは
空には きらきら 金の星



sora-yuuyake42.jpg
*画像いただきました*



おやすみなさい。
キレイな夕日みたいな夢を♪


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別窓 | 施設の神さまたち
『天気とお友だちになる術』
2010-02-10 Wed 23:29
IMG_3445_1.jpg

相変わらず、私の「お天気屋」稼業のおハタラキは、すっごい。(自画自賛)
一昨年の暮れ頃、電話業務のアルバイトをしてた時、
「私の行き帰りの時間には雨降りませんから」と豪語して、
ほとんどその通りになって、同じ時間に自転車で通ってる人たちに感謝されてました。

すっかりその気になってて、今もほぼ、雨の心配したことありませーん。

その大きな理由は、とにかく私は、傘をよく忘れる。無くす。(インディゴでつから)

きっと神さまはそれをよく知っておるのでしょう。ということにしてます。ありがとう。

施設に通い出してからも、もちろん雨降りの時もあるんだけど
どんなに土砂降りの雨の時も、やっぱりちょうど行き帰りの時間帯には、
小降りになってくれたり、ピタっとやんでいたり、がずっと続いてます。
もう、確信的に、雨、やまします。というのが私の得意技です。


施設の☆さん。
まだ30代前半のかっわいい女性です。
四肢麻痺。知的理解はあるけれど、言葉が話せない。
「あー」「とか「うー」とか、かろうじて動く手の指や
視線とか、表情とか、、、それが彼女との対話手段。
こちらから質問して、Yes or Noの返答を受け取るようなやり取り。

彼女はとっても頑張り屋さんでしっかりもの。
自分で出来ることは一生懸命自分でやるし、
どんなに時間がかかっても、途中で投げ出さず、
泣き言も一切言わない人。

だから、その分、すぐ泣いてしまう人には、アタリが強い。。。

『そんなことでメソメソしないで、もっと頑張れ!』

と、言葉が話せない彼女の全身から、そんな声が聞こえてきそうな感じ。
怒っている彼女をなだめるのも大変だけど、
でも、彼女は本当に自分で精一杯頑張っているから
頑張れない人に腹が立つんやな~、というのが伝わってくるんだよね。

「どうしても頑張れない人もいるんだよ~。赦してあげてね。」と言っても
彼女はガンとして聞き入れない。はは。

「人は皆、もっと頑張れる。」

私はいつも、彼女からそんな力強い励ましを、もらっている気がしています。

嬉しい時は「キャー!」と声を上げて抱きついてくれるし、
正直で、純粋で、とっても大好きな神さまのひとり。


そんな彼女は時々、ガイドヘルパーさんと一緒に外出をする。
お買い物や、食事。

月に何度かの楽しいお出かけの日。
前日から天気予報をとっても気にするのです。
せっかく楽しみにしてるのに、いつもの一生懸命な姿を思うと
なんとかお天気になればいいなー、って思うわけです。

出番です。

ある時、
「じゃー、せめて、行き帰りの道中だけでも、
 雨が降らないように、おまじないしといてあげるね!」と、
「ハッタリをカマした」言ったことがあるのです。

最初は彼女も、調子いいおばたんの、口だけの気休めだときっと思っただろうけど、
にっこり(ありがとう♪)と微笑んでくれた。

それがなんと、本当に、行き帰りの時間だけ、雨が降らなかったのです。

帰って来るなり、大喜びで私のところに来ました。

私は、なんと言うか、気休めを言ってるつもりもなく、
当然、雨が降らないよう「お祈り」してるわけでもなく、
ただ、本当に「カマして(失礼)」るだけなんだけど、、、はは。

まー、駄目やったら
「神さまも、雨も降らせなあかん時もあるねん」と言うだけやし、と思って。


それが、、、一度だけじゃなく、何度か続くものだから
彼女はすっかり私を、天気を操れる「魔法使い」とでも思ってくれて
お出かけの日は、目で窓の外を見て、「またお願いね!」と頼まれるわけです。



しかし、、、自分でもビックリです。

だってねーー!昨日も今日も、雨、やましたのです。私。^^

昨日なんて、朝の天気予報では、50%とかだったと思うんだけど、
彼女が出かける時間には、お日様まで出てきたし、
夕方は確実に降る、って言ってたのに、彼女が帰って来るまで、降らず。

そして今日もまた。。。

もう、帰って来るなり、窓の外に視線をやって、
「キャーキャー!」と喜んでくれる。

「ねー!私、スゴイでしょ!?」
と言うと、思いっきり笑顔で頷いて、身体中で賞賛、絶賛してくれる。

なので、すっかり私も有頂天になっちゃって。

「お天気とお友だちになれば、こんなもんよ!!」なんて
ふんぞり返ってみせたりして。


ところが、今日は、夜8時にお仕事が終わって、着替えてたら、
突然、ザーーザーー!!と、猛烈な雨の音。

えーーー!?
今日も、☆さんの雨は「やんでもらった」のに、私には大雨???
やっぱり、調子に乗ってふんぞり返ったら、あかんなー、と思った。

とってもやみそうにない降りっぷりだし、アッシーくんを呼ぼうかと。

だけど、いや、待てよ。
いつもそうやん。施設を出たら小止みになるやん。

でもまさか、、、
一応、事務所で傘を借りて、外へ出た。ら。。。

なんと、本当に、あんな土砂降りやった雨が、、、やんで、る?

本当に、傘が要らないくらい、小止みになってる。

姿の見えない、☆さんの部屋のベランダに向かって思わず、

「どやーー!?」と、親指を立てて見せました♪♪♪

明日また、自慢しよーーーっと。


雨にもお天気にも意味がある。
だから、いつ雨が降ってもかまわない。
どんな大切な日でも、雨だろうと晴れだろうと、一切文句ありません。
すべては、神さまが、自然が、そうする必要があってそうなってる、って思うから
当然、天におまかせの、全面受容です。
お天気を操作するとか、なんて、本当は考えたこともないですよ。

だから、本当に、「ハッタリくん」なんですけどね。

自然さんに寄り添って、自然さんにおまかせ、でいると、

ただ、純粋に、☆さんが歓ぶから晴れたらいいな、って思うこころに
天がシンクロしてくれるのかなー、って思ったりして。感謝です。



2008年12月6日の日記。いいこと書いてるわー。

『カミナリ(神鳴り)や大雨は、神さまが必要を感じてよこす自然現象。
 必要な雨は、必要があって、降る。
 必要なカミナリも、必要があって、鳴ったり、落ちたり。

 すべてに意味がある、と思うと、目に見える世界よりも、
 そうじゃない世界で感じる何かのほうが、遥かに多くて、大きくて、面白い。』


さーーー!
さっきまでまた土砂降りだった雨もやんだみたい。

今日もまた、文句いっさいありませーん。
おシゴトとっても楽しいしありがたいです。

宇宙にすべておまかせで、ありがたい日々を過ごしましょう。
皆たまにもまた新しい朝に、素敵なシンクロが起きますよう♪


書きたいことがまた溜まってまつ。
ちょっとは更新速度あげなくちゃ。ね。

おやすみなさーい!


別窓 | 施設の神さまたち
『コワれてます。細胞の話し。』
2009-11-03 Tue 02:12
IMG_5105.jpg

最近、お仕事も終わりに近づく頃、特に夕食の時間。

ワタシはよく壊れます。むはは。

統合失調症の○さん。
欲求を満たしてほしいという気持ち、被害妄想、、、炸裂中なのです。
季節の変わり目とか、気候の変化のせいもある、とみんなは言います。
私は、言葉では言わないけれど、
何気に不穏なムードを、空模様や部屋や施設の中、町の中でも感じてみたりします。
目には見えなくても、私たちの中のとてもセンシティブな領域で
不安や恐れが、微かに、揺れるのです。気づかなくても。隠していても。

そんな、私たちの感情の揺れを、一手に、引き受けてくれてるんだな、って、
そう思うんだよね。

実際、彼女が、とてつもない我儘を言ったり、
そしてその我儘を聞き入れても聞き入れなくても、
どっちにしても、「なんでそんなこと言うのぉ~~~~!」と、
エコーがかかるほど大声で叫んだりするたび、
みんなの中で、感じてはいるけど隠していたり気づいていなかったりする
「不穏な領域」にスイッチが入り、
泣いたり、怒ったり、叫んだりが、、、、連鎖する。

きぇ~~~~~~~。

ベテランの職員さんなどは、ひとこと。「うるさいっ!だまれっ!」って、
サクっと炸裂して、その場をシーンとさせてしまう、すごいワザを持つ人もいますけど、、、、

さすがの私もキレそうになるし、一回はキレたこともある。
一回キレとくと、もう、キレずにすむんです。はは。

ほとんど、根気良く穏やかに、彼女と接することが出来るのは、
ひとつには、彼女のことを「神さま」だと、思っているから。

『神は、最もか弱く、また、最も忌み嫌われるような姿で顕れる。』

そら。
こんな「大変」な人のお世話をするのは、それこそ「大変」なこと。
私なんてお給料をもらっているし、家に帰れば別世界だし、お休みはあるし、
だからお世話できるんだと思う。

家族として、家にひとり彼女のような人がいたら、それは現実的に、大変。

だから綺麗ごとを言うつもりはないんだけど、
ここまで、色々「学んだ」体験や知識から、やっぱり、

「○さんもまた私だ。」と思えるんだよね。

彼女に対して、口々に怒りを表現する利用者さんも職員さんも、
みんな、自分の中の「○さん」の側面に、光を当てられてる。
だから、連鎖する。

みんな、持っている側面。

「なんで自分の言うことを聞き入れてくれないのか」
「なんで人はみな、自分の思い通りに動いてくれないのか」
「なんで自分のことを一番に考えてくれないのか」

どんなに素晴らしい性格の持ち主でも、
針の穴ほどの小さなものであっても、、、、
卑屈で、欲求不満で、どれだけの愛情を注がれていても気づかずに、
求めて求めて求め続けて、決して満たされることのない、側面。。。

そんな側面のない人は居ない。んだよ。
それがあるから人は進化する。この3次元というところは、そうゆうところ。

普段は隠しているし、見てみないフリをしてる。
理想の人間像を演じてる。

私たちが、そんな醜い側面を隠している限り、
○さんのような人が、すべての人を代表して、
その「型」を、生きてくれてる。

そう思うんですよ。きっとそうなんです。
だから、彼女を切り捨てたりは、誰にも出来ない。

だって、○さんは、自分でもあるからです。

見ていればわかるよ。それは。
どんなに怒ってても、どんなに○さんを責めていても、
あまりにもしんどそうな表情をしていると、みんな、可哀想になってくるの。

あまりにひどい言葉を投げつけたら、
その後で、とても後悔していたり、
自分の我儘を反省していたり。

誰かを責めるってことは、だから、自分を責めるってことと同じ。

なんだかんだ言っても、人は人を、とことん憎むことなんて、出来ない。

やっぱりみんな、優しいな、って、思うんです。

私は、そう在りたいのです。


だから、みんなの怒りや、不穏なエネルギーや、醜い側面が、
共鳴して、連鎖しそうになるとき、
私、ある時、いいアイディアを発見したんです!

バカ笑いをしたり、歌を歌ったり、「ヒューヒュー!」と声を上げたり、踊ったり、変な顔したり。
職員さんや、知的や精神的には「まとも」な人たちの中には、サブく引く人もいるけど、
ピュアな神さまたちは、だいたいそれで、そっちに反応してくれる。

連鎖反応で怒りや悲しみを引き出されてた人たちの顔が、
いきなり笑顔に変わり、キャハハと笑い出し、自分も歌い出したり変な顔したり!
もーーーそうなったら、ノリノリで、その場が笑いのツボにハマる。

可笑しくって涙出るくらい!!!

怒りや不穏に連鎖されてキレるより、
おバカに壊れたほうが、めっちゃ楽しい!

まー、そうやって、今日もコワれて、その場を乗り切ったわけです。

明日はお休みやけど、
また、新しいお仕事の日には、
自分の側面でもある、『「学習」が苦手』という「型」を生きてくれてる人たちとの
まったく新しい一日が、始まることでしょう。

決して思いません。
自分がこの人を変えてみせよう、とか、更正させてみせようとか、「病気」を治してみせよう、とか。

毎朝、まっさらです。


誰の中にも、最も醜く卑屈で「低い」次元から、女神のような高次元まであるように、
どんな社会の中にも、すべての次元があり、
誰かが自分の側面を生きて見せてくれている。

みんなみんな、「型」です。自分の顕れ。神の顕れ。

そんな大事な大事な自分の側面でもあるその人を、
見放したり、無視したり、なんて。つまり、、、「死ね」と云うことです。そうだよね。

そんなこと、出来るわけないんです。
私たちは皆、同じひとつの存在だから。Oneだから。


昔、祭主が話してくれた話し。

世界が、自分の身体だとしたら。
この身体には、60兆個もの細胞があり、
そのひとつひとつは、個としての重要な役割を持ちながら、
その核の中には、同じ「私」としての「情報」を持っている。
ひとつひとつの細胞は、細胞膜という膜で覆われて閉ざされているけれど
その膜は、ちゃんと、隣の細胞と情報を交換し、関係性を持っているからこそ
ひとつの大きな「個」としての「私を形成していられる。

時に、その中の細胞の1個が、
我儘に、周りとの関係性を嫌い、利己的に生きようとすると、
その細胞さんは、、、壊れてしまう。

「それを、癌 と、云うんだよ。」、と。

世の中では、
肉体に「癌」が出来ると、それと戦ったり、壊したり、消し去ろうとする。
それが「医療」。
「常識的」なオトナとして、それを否定はしない。出来ない。

「癌」細胞も、周りの細胞さんたちとの関係性を持っているからこそ
仲間を増やそうという意思を持つのか、増殖する。
つまり、共鳴し、連鎖する。
癌細胞がどんどん増えて、全体である「私」を蝕み、最後には破壊してしまう。

だから、、、
「やっつけよう」とするのは、当たり前のような気がしてしまう。
自分という全体を、破壊しようとする「癌」なんて。
破壊したら、治って、元気に、なる、の、かな。

癌になったことないから、わからない。

でも、、理想として、もし、癌になったら、
やっつけず、「光」を当てて、「悪を抱き参らせる」じゃないけど、
自分という全体が抱え込んだストレスや、食べ物や何かの原因を探り、
全体の生活を、改善したり、そういう治療法を、選択したいと、願う。

全体を生かすために、癌細胞をやっつけず、受け入れ、癒すことを考える。
癌細胞を破壊せず、全体としての私が、おバカにコワれて大笑いしたり
歌ったり踊ったり、楽しく可笑しく、ストレスをまっすぐ発散させる。

心の底からピュアに、はしゃぐ。
本物の笑顔は万病の、治療薬だと思う。


「癌細胞」さんは、悪くない。
その原因を作った、社会が悪い。(by BOSS)




(あ~~~~。理想論だ。でも言葉は神だ。消さずにおこう。ごめんなさい。)


また、ダラダラと書いたけどね。

昨日、この、細胞の話しを思い出してて、ふと、発見したの。
正解とかなんとか、関係なく、明確な「絶対そうだ!」っていう確信があった。

祭主が、生物のこと、自然科学のこと、物理のことなんか話してくれる時、
それを、こんなアンポンタンな頭脳を持つ私などには、
専門的な言葉とかでは理解不能なことでも、
それこそ、言葉が持つ普遍的な拡がりというか、イメージの領域で、
(そういう意味で、言葉は神だ、ということに共感するわけだけど)

「まるで人間みたい」「まるで世界みたい」「まるで宇宙みたい」「まるで自分みたい」、、
みたいな、、、自分なりの理解の中で、繋がったり、シンクロしてたりを感じて、
楽しくてワクワクすることが多かった。

細胞の話しも、まるで人間社会と同じだし、宇宙を構成する秩序に思えたりした。


あのね。
数字的にね、人間の身体の細胞は60兆個。
世界の人口は、60億。おんなじ60だー!とか思ったけど、単位が違う。全然違う。
気持ちわるい。すっきりしない。とか思ってたの。
宇宙に秩序があるなら、ココ、ピッタリ合うはず、やろ。つまんなーい。とかね。


でも、昨日、突然、ひらめいたのは、
60兆というのは、人間だけの数じゃなくってね、
動物や植物、鉱物、、、そして目に見えない、たとえば、霊的な存在だとか、、、

そーーーーゆーーーことだったのか!って。
その全部を含めた数は、きっと、60兆なんだ。って、思ったのよ。


わからんけどね。
数なんて、10万単位以上のゼロは、数えようという気もしない。クラクラして。

だけど、単純計算してみも、60兆-60億ってことは、

59兆9940億個???
えーーー???そう??合ってる?????誰か数えて!

いやーー、今生きている、肉体を持った人間以外の存在って、
もし、数えることが出来たなら、そんな数なんじゃないのかな、ってね。


あーーーははっははっは!!!


やっぱ、壊れてる。
なかなかに、確信的に、スッゴイ発見!!!って、思ったんやけど。



すいません。

寝ます。
施設の人の話から、どこまでぶっ飛んどんのや、、ワタシ。



おやづびなたーい。





送信。

別窓 | 施設の神さまたち
『真ん中のこころ』
2009-09-16 Wed 02:05
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日記に書きたいことがいっぱいあるんだけれど
書こうとすると、うまく言葉になりません。

頭で、キレイに並べようとするのか、矛盾を省こうとするのか、
つっかえてしまうことが多く、結局時間切れで寝てしまう日が多いです。

でも、前にちょっと書いたけれど、
「言葉」は、神さまなのだそう。

人間だけが、言葉を話す。
本を読んだり、映画を観たり、世界は言葉に溢れている。

昔、祭主の名言で大好きだった言葉

 「人は、言葉で世界を見つけ創り出してきた。
  生き延びるためではなく、より豊かに生きるために。」

はじめにことばありき。


どんな素晴らしい本も、たとえばこんなブログでも、
読む人によっては、感じ方も捉え方も全然違ってくる。

何か、「心」に響くもの、同じもの、共鳴というか、心の響き。
それが、知らずと、自然に仲間を呼ぶことになる。

誰もが、その人にしかない、言葉を持っている。
それは、ひとりひとり、今ここに至るまでのストーリーがあって
どんなにこと細かく、その体験を言葉にほどいても、
決して決して、その人が持つ感覚や感情が、そっくりそのまま伝わることはなく、
その人でしか解りえない、この世にふたつとない物語を語るには、
その人の言葉で紐解くしか出来ないからなんだけど、
だけどだけど、人はどうも、似通った体験をすることが多くって
共鳴や共振が起こることで、気づきや感動を呼ぶわけです。

あーーーん。
何いうてんねやろ。しんど。

その、ですね。
その人でないと決して語りえない体験を、言葉にほどいた時、
読む人が、「あぁ!!!」とか「おぉ!!!」とか、響く時、
それが、神さまの言葉になる、ということなんです。

いや、だからですね。
みんなの語る言葉の中には、
意識するとしないに関わらず、出会った人の誰かにとっては、
「神さま」の言葉として、そのチカラを放っている、ということなんですね。

だから、みんな、語ることをしないといけないのです。

ええええ???わかりませんよね。言ってること。


とにかく。
私は、少しずつでも、これからも書いていこうと思ってます。

自分の中の神さまが、どんどん姿を顕してくれることを願って。


-----------------------------***


・・・・・と、ここまで書いたのは数日前。^^;

こんな風に、書いては書いてはボツにしているワタシです。

今日は、続きを含めて日記書きますっっっっっ


施設でお仕事するようになって約5ケ月。
仕事はとってもとっても楽しいけれど、
自転車での行き帰りとか、空を見上げながら

「ワタシ、何してんのかしら。」と
不思議に思うこともよくあります。

これほど「地に足つけて」生きている日々はかつてなかったかも。

「世の中」に失望していながら、
内側はとっても安定していて、物事を大きな視点で眺めることが出来る。
嘘ばっかりの世の中を見ながら、
嘘のない施設の人たちと、純粋に心が通い合う時間を生きている。

今日も、帰る前のとっても忙しい時間帯に、
5分おきくらいにナースコール(ナースじゃないけどね)を鳴らして呼んでくれる、大好きなHさんと「また明日ね!」とお別れしてきた。

彼女は、何度言っても、頻繁コール攻撃を続ける。

「出た」「う○こ」「しっ○」「お茶」。

そして、極めつけは、

「さみしいぃぃぃ」なのだ。

やっと他の人の介助を終えて彼女の元へ行くと
何ごともなく、にーんまりとする。

「何回コール押したか知ってる~?」と訊ねると、

「5回!」と答える。(ひゃー、ちゃんと数えてる!)

職員さんたちは、「も~助けて」と怒ったり泣いたり大変です。
確かに、夜中とかはそうだと思う。

いやー、でもね、これ、どう思う?
私みたいな変わり者は、見方が違うから、あまり職員さんたちには言えないけど、

嫌われても嫌われても、怒られても無視されても、それでも、

「さみしぃぃぃ」と、訴え続けること、貴方に出来ますか~?

うらやましいほどですよ。その「まんま」の「訴え」。

(すごいなぁ~。)と、マジで感心させられるのです。


ここは、感情のるつぼ。


いつもいつも怒ってる人もいるし、
依存や甘え、なりふりかまわず「私をかまって~」の人もいる。
喜怒哀楽、順番に、しかもかなり過激にローテーションする人も。

さすがの私も、いや、私の中のある側面が、
過激な「怒り」には、ぶるぶると震えるときがあります。

「感情」に対して、「感情」で正面から向かってしまうとき、
それがすべてとなって、相手に映し出されてしまうんだよね。


若い職員さんが、ある日私に聞きました。

「だいじょうぶですか~?精神的に参りませんか?」と。

あぁ。彼女は精神的に参ってるんだな、って思う。
彼女だけじゃなく、多くの人は参ってるかも知れない。
「仕事」と、どこか割り切っていないと、やってられないかも知れない。
実際、みんな若いのによくやってるなー、と感心します。


でも私は、精神的には全然参っていない。
それどころか、そのまんまのとってもわかりやすい表現をする人たちと居る方が、居心地が良くて安心で、嬉しくて楽しくてしかたない。

(本当はどう思ってんのかな、何考えてんのかな)って、
いわゆる「正常」な人間たちの本心を探りながら話すことのほうがずっと疲れる。

正直な人には、正直でいられる。

「さみしいぃぃぃ」と言われれば、ハグしたくなるよ。
泣いていれば、よしよしって頭を撫でたくなるよ。
恐いほど怒ってても、中身は神さまだもの、手を握りたくなるよ。
たとえ私の中のある側面は、ぶるぶると同じ「怒り」で共鳴していたとしても。


毎日、「本質」と向き合ってるんです。
本質じゃないものに余計光が当たって、
そのたびに、彼らの本質に、洗われている気がするの。


------------------------***

えーーっと、、、
またしても、本当に書きたいことにはたどり着けず、
時間だけが過ぎてしまいました。

そうなんです。
もっともっと大きな視点で、書きたいことがいっぱいあります。


でも、これで放出しときます。
言葉を話す、放す、離す。
この身体から離さないと、言葉にはならないんだもんね。

そのうち、ふん詰まり状態から脱できて、
本当に書きたいことにたどりつけるでしょう。
ちょっとでも出しとけば。


どんな文章であれ、どんな言葉であれ、どんな想いであれ、どんな表現であれ、、、
この世にふたりといない「アナタ」の言葉は、神なのです。

ひとりひとりが、自分の「型」を出し切ることが、
これからの世界をきっと変えてゆくと思うのです。

表面的な出来事や感情や動きはさまざまだけど、
だからこそ、すべてのうちに潜む、「本質」をよーく見る時。


政治・経済・インフルエンザ、、、
隠せないほど混乱してて、目に見えておかしなことばかり。
その裏で、いったい何がうごめいているのやら。

外の世界をしっかり見ながら、
ひとりひとり、かけがえのない自分の感性や直観を信じて
誰の真似でもない、自分自身を確立させていきましょーね。


今年に入ってから、明らかに違うし動き出してる。
すべての人の中の、ひとりひとりの中の、神さまが。

昨年までは何だったのかと思うほど、忽然と「消えてしまった」ものがある。

「通ること」が意味だったのだ、と、思うことにして
愛と感謝で、手放すものは手放して、動き出した見えない世界に生きてる。


そして、私は今、それなりに「止まって」ます。
本質は止まることなく、大躍進しているはずなんだけど、
そうゆうことにしときます。

木内さんも、体調不良で「止まって」らっさるので、、、


オチが見つからないので終わります。


とかなんとか言いながら、あさってから一泊だけ、「リゾート」してきますよ。はは。
8月に行けなかった伊勢神宮へひとり旅です。

無事、帰ってこれることを祈って。

皆さまも、この大混乱の最中、地震や台風にも気をつけてね。


参考までに。
http://goldentamatama.blog84.fc2.com/
この「方」も、すばらしい「型」でらっしゃいます。





たぶんとっても意味不明な日記。
こんな変人オバサンのことなど気にせずに、
あなたはあなたの、こころの真ん中に・・・・・。

おやすみなさい。

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別窓 | 施設の神さまたち
『ふと、思うこと。その2』
2009-07-05 Sun 01:27
IMG_4667_20090704210215.jpg

施設の、私が担当してるグループではないけれど、
時々ショートステイでやって来る若い女性がいる。
彼女がいる数日間、私は密かにとても楽しい。

今も彼女の顔を思い出すだけで、嬉しくてにんまりしてしまうわけです。

それはもうちょっと、ここには書けないような、ディープな"武勇伝"や、
まとめて小説にしたいような数々の〝ファンタジー"や、、、
もう、めちゃめちゃ魅力的なんです。可愛くてたまらない。

今日も、早出だったので夕方に上がろうとしたら、彼女が来てた。
しばらく見なかったので、めっちゃ嬉しくて思わず笑いかけた。
彼女のほうが先に私を見つけていたようで、
上目遣いで、ちょっと哀しげで、でもニンマリとして、
いつものように、、、右手を差し出して、こっちを見てた。

トイレへ連れていって、、、って言ってるんだ。

なんとかひとりで用を足せる彼女は、
「甘やかせてはいけない」らしく、、、だから、甘やかしちゃいけない。らしい。^^;

でも、彼女の世界の中では、時々トイレは恐怖の場所になるので
見かねて、つい、その手を取ってしまうわけです。

でも今日は、帰らなくちゃならず、、、
「ごめんね」というと、とても素直に、その手を引っ込めた。

こういう時は帰してあげなくちゃいけない、ってわかってくれるの。

でも、彼女は、「こちらの言うことを、ちゃんと理解することは出来ない」らしい。
たとえ、データ的に見てそうだったとしても、
私は、一度もそう思ったことはない。

「理解」なんて、相手ではなく、こちらにあるもんじゃない?

自分が話したことを、自分の伝えたかったとおりに「理解」してくれる人は
果たして何人いるだろうか。ね。

100人いたら100通りの理解があるんやから。

ある意味、だーーーーれも、自分を「理解」なんてしてくれてへんよ。

「理解してくれた。わかってくれた。」っていう、
こちら側の「思い込み」があるだけ。(理屈っぽいワタシ)

だから、いつも、彼女は理解してると思って話しかけてる。
明日になったら、何もかも忘れてたって、そんなこと全然かまわない。

今日は私を「大好き」と言ってくれても、
明日はすっかり白紙に戻ってたった、ぜーんぜん平気。

毎日毎日、新しい関係があるなんて、ある意味とても楽しい。
ほんと、ワクワクするほどです。

明日も私はお休みで、彼女に会えないのは淋しい。
一回、一日中、彼女と遊びたいと思うほどです。


ここで暮す人たちは、
それぞれに持つハンディが違う。
当たり前のことだけど、人が皆ひとりひとり顔も性格も違うわけで、
だから、みんな、違うんです。

だけど、施設とか、組織とか、グループとか、
そういう、ひとつの「枠」の中でともに暮すという時には、
そこに、効率的な仕組みや、決まりや、約束や、、
さまざまな、「こうでなければならないこと」が発生してくる。

そうなんだよね。
それが、この、3次元という、肉体と感情を持つ人間の世界。社会。

『「感情」をコントロール出来る』、というのが、健常者の「常識」なら、
『感情をコントロール出来ない」、というハンディを、彼女は持っている。

たとえば、彼女の世界の中で、耐えられない恐怖を感じると、
ヒステリックに叫ぶ。泣く。

・・・・

これってさ。「障がい」なんだろうか。

誰にでも、恐怖や哀しみや怒りはある。んだよね。
でも、それをコントロール出来たり、隠したり、悟られまいとしたり、
その場では我慢して、どこかで悪口散々で発散したり、
そうゆうことが出来るだけで、みんな、少なからず、持っているもの。

それを、隠さず、そのまんま、その場で即、表現してしまう、ことの、
その、どこが障がいなんだ、と思ったりするわけです。

わかりやすくて嬉しい。ピュアで嬉しい。そのまんまで嬉しい。
よっぽど、ストレートで一緒にいて疲れない。


こんな私は変わり者のええかっこしいの偽善者でしょーか。。。。


話しは逸れるかも知れないけど、
最近、テレビを見ててもよく思う。

家だろうが、会社だろうが、学校だろうが、クラブ活動だろうが、、、
政治だろうが、、、なんも特別な領域などなく、
リーダーという人は、
資格や経験や経歴などより何より、
どれだけその人が、嘘がなくて、その人の真実に近いか、とか、
言動や振る舞いから、愛と調和の波動が伝わってくるか、とか、
身勝手ではなく、世のため人のためにどう行動するのがベストな道かを
「ちゃんと」わかってる人なんじゃないのかな。

経歴も経験もなくったって、
たとえば、一流の主婦は、一流の総理大臣にだってなれると思うわけです。
なーんも、変わらんと思うよ。家庭も政治も。

人々に真にエゴがなければ、
経歴や経験のある人が、そのリーダーを、周りでサポートすればいいねん。
我欲や妙なプライドも捨てて。

「こうでなくてはならない」という、ヨロイを捨てて。


効率的なシステムとかは、とても大事で必要なんだけど、
その仕組みの中で、長年経験を積むと、
知らず知らずのうちに、「こうでなくてはならない」というヨロイが
まるで皮膚の一部のようになってしまう。

そこに、ひずみが生まれて、、、
だから、そのひずみは、解消に向かうエネルギーを作り出す。

つまり。
壊れるという方向に向か出だしてるわけです。

だから。
「こうでなければならない」枠からはみ出した人が、
あるいは、「こうでなければならない」ことが、てんでわかってない素人とかは、
バカにされたり、さげすまれたり、「空気読めないやつ」とほっとかれたり、するんです。

だけど。
結局は、そういう人が、全体的に自然に起きてくるシステムのよどみを
解消する、キーパーソンなわけです。


ややこしくなってきました。

つまり、どんなことでも、
ガチガチのルールなんて、壊れるためにある、と思ってるわけです。

だから、ちょっとは息を抜ける、笑って許せる、
ゆるゆるのスペースは持ってたほうがいいのです。

柔軟性、ってやつかな。

祭主が言ってた。
木の構造は柔構造だって。
風が吹けばしなることが出来る。だから強いんだと。



今、介護の世界でも、「自立」という言葉が「常識」です。
とにかく、自分で出来ることは何でも自分でやってもらう。
それは、もう何度も何度も耳にする。

そりゃそうなんですよ。そうです。

だけど、これもすでに、コトバだけの、効率的なシステムとしての、
マニュアルでしかない、って思うことがある。

「こうでなければならないーーーーーっ!」と、
皆が声を揃えて、高々に唱えるようになったら、
それは、「壊し時」。。。。とか。思いませんか。



テレビの別のニュースでも、
泥棒だとか、詐欺とか、殺人とか、、数々の犯罪のニュースもあるけど
その犯罪の動機の多くが、「借金苦」とか、生活費が欲しくて、、とか、多い。

いつか、ある人が、家の鍵をかけずに出かけるのを見て、
「泥棒入られますよ~」と行ったら、
「泥棒は入らんと思ってるし、まー入りたかった入ったらええ。
お金欲しかったら、持って帰ったらええねん。」と言ってたことがある。

実は、私も思ってる。


ま~。
インディゴなのでシステムバスターな私は、
「こうでなくてはならない」っていうのが大嫌い。



そうそう。
BOSSのCM、太陽に吠えろ!編。オモシロイね~~~
ジョーンズ、最高~!

ゴリさんが言ってた。

「ヤツが悪いんじゃない。ヤツを生み出した世の中が悪いんだ。」


そうそうそう。パチパチパチ。


まったく。
このろくでもない、素晴らしき世界。


見る?




ほろ苦い夢でも見よう。

とりとめもなく、おバカな日記でごめんよ。いつものことやけど。うふ。



今日もおやすみだー!






やっぱり私は変人かな。

別窓 | 施設の神さまたち
『元気です。めっちゃ元気です』
2009-06-09 Tue 01:07
nichirin2
*5/23 日輪。素盞鳴尊神社で。


えーーーーーーーーー??
2週間ぶりですか。今日付見てびっくりです。

スイマセンすみません。
本当にとても元気です。

施設でのお仕事は、本当に楽しくて、
この年にして、天職に出会えたのかも、と思うほど充実していますよ♪

仕事が終わると、さすがに身体はいつもヘロヘロなんだけど、
心はとてもホクホクとしていて、
ホント、何て言えばよいか。。。
毎日、内側から、「愛やら感謝やら」が溢れ出して、
いや、身体から噴出してる感じで。(オーバー)
泣きそうな感覚になりながら自転車こいで帰ってきてます。

これは何なんだろう、と思う。不思議なほどです。


施設の人たちは、重度の障がいを持つ人たちばかりで、
誰かのサポートがなければ、ご飯を食べることも、排泄も、出来ないのです。

決して決して、ひとりでは生きてゆけないのです。この人たちこそ。。。

本当だったら、そういう人がたったひとり、
家の中にいるだけで、もしかしたら、とても「悲惨」で「不幸」なことなのかも知れない。
いえきっとそうでしょう。

障がいを生まれ持った人もいれば、
交通事故や病気によって、人生の途中からそうなった人もいる。

今ここでの生活に至るまでには、
山ほどの哀しみや、計り知れない苦労を、乗り越えてきただろうと思う。

だけど、ここで過ごしている彼らは、とてもとても明るいのです。
「普通」に、愚痴や文句も言うし、楽しく対話もしてたり、、
なんか、特別言うのもおかしな話しやけど、
「悲惨」とか、「不幸」とか、という言葉が、そぐわないのです。

あーーー、言い方が変です。ごめんなさい。


とにかく、、、、
最近、よく思うこと。

もし、今、大地震でも来たら、、、
家族は皆、手も足も口もあるし動くんだから、なんとでもなるだろう。
死ぬ時はどうやっても死ぬし、生きてれば、きっとどうやってでも生き抜くだろう。

だから私は、そうなったら、即、施設へ来るぞ、と思う。

この人たちは、誰かがいないと、即刻、生きてゆけないのです。


昔、子どもを産んだ時、、、
毎日毎日、夜中に起こされて、泣かれて、、おっぱいあげて、、
育児は大変だけど、子どもの顔を見て、しみじみ思ったことがある。

もし、私が今、この子を、放ったらかしにしたら、、、
おっぱいもあげず、オムツも替えず、育児放棄をしたら、
この子は、死んでしまうんだなぁ、、と。

「自分がいないと死んでしまう」
「こんなに自分を必要とする存在に、今まで会ったことがない。」

そう思ったら、愛が溢れて溢れて、泣けて泣けて。

「あーーー。こういうのを、母性というのか。」と。


今、それに近い気持ちかも知れません。
いや、彼らにとったら、迷惑な話かも知れませんよ。
私になんて、別にそばに居てもらわなくてもいいかも知れません。はは。

でも、この、毎日、内側から、「噴出」するかのような「愛の感覚」は、
「母性」に、近いものがあります。

勝手にこんなこと言ってごめんなさい。
押し付けがましい愛なんて、要りませんねぇ。


どんな人の中からも、愛を引き出してくれる存在。
そういう存在こそ、神さまじゃないですか。本当に。


『「神さま」は、偉大で完璧で、どんな時でも私を見捨てず愛してくださる存在』

今まで、そんな風に思ってませんでしたか。
いえ、もちろんそうかも知れないんだけど、

「神さま」の真実は、

『最もか弱く悲惨で不幸で、どんな人の中からも、慈悲や慈愛のこころを
 引き出さずにはおかない存在』 なのではないのかな。

『「神さま」は、
「神さまお願いします。私の願いを叶えてください。」と、祈り、すがる、存在。』

ではなくて、本当は、

無心で無償で、お世話をさせてくださいと、思わせてしまう、
そんな存在なのではないのかな。


私は、毎日、神さまのお世話をさせていただいてる気がしてます。



-------------

いやーー、、、、。
キレイなことばかりいっぱい書きました?

ごめんなさい。

もっともっと書きたいこといっぱいあるんですけどね。
もう、ケアスタッフの裏話や、利用者さんたちの笑わずにいられない妄想話や、
ホント、いーーっぱいあります。

外から見れば、美談に見えることも、悲惨に見えることも、
どちらも、そのど真ん中に入ってみれば、「社会の縮図」なんだよね。

次元や側面は、色々あるけれど、
幸せも不幸も、歓びも哀しみも、平和も悲惨も、、、
それなりの次元で、どこにでも存在するんだよね。

だから、本当に、何が正しくて何が悪いか、
何が幸せで何が不幸か、、、、まったく、わからん。

外側のものさしなど、無意味。なのです。

本当に、
ただ、今、自分は、どういう側面を生きるか。
どういう感情を持つか。どう在りたいか。

生き方を、自身で、創造し続けるだけ。なんだよね。


伝わってるかな。。。
難しいんだよ。コトバにするのは。


釜ケ崎ルポのシリーズ、読んでください。
ここで教えられたことも、いっぱい、私の言葉になってます。

「神さまの声」
http://newbanbing.blog107.fc2.com/blog-entry-342.html

「Home」
http://newbanbing.blog107.fc2.com/blog-entry-331.html


そうそう。日月神示も、読んでください。
空いた時間や寝る前に、いつも読んでます。
この影響も大きいと思う。
http://hifumi.uresi.org/


・・・・・・・・・・

いつものように、突然ですが、寝ます。
変なこといっぱい書いたかも知れないし、
もっともっと書きたいこといっぱいあるけれど、

まーー、とにかく。今日は更新です。

相変わらず、おばかでドジで、そして愛に溢れたAtsでつ。


更新してなかったあいだも、ここに来てくださった皆たま、
本当にいつもありがとう。感謝でいっぱいなのです。(泣き)


なので、愛する皆さまも、いつもいつも幸せでいてください。


また、明日、新しい朝に、「幸せ」という側面を、選択できますように。


God bless you,All !!


おやすびなさーーーい!


1


別窓 | 施設の神さまたち
『大笑いと大泣き』
2009-05-14 Thu 22:39
4266



施設で暮す人たちに、毎日教えてもらうことがたくさんある。

でも、それを書こうとすると、とても言葉にしがたい、、、、

「普通に」と書こうとすると、「普通」の定義がじゃまをする。

「普通の感情がない」「普通に話せない」「普通に歩けない」・・・

ふつう、、、ってなんだ。


身体に障がいがある、知的に障がいがある。その両方がある。


障がい、、、ってなんだ。


突然泣き出す人がいる。
でも、突然笑い転げる時もある。

彼女が大笑いすると、ホント、とっても楽しいんだよ。
何言ってるか全然わからなくても、
その大笑いが超~可愛いくて、見てるだけで笑いが伝染する。

もう、おっかしくて、涙出るくらい。


全身麻痺で全介助でないと生きてゆけない人けど、
「普通」に話すことが出来る奥さまが、

「あーら。朝からご機嫌でよろしいわねぇ~♪」と、ニコニコで声をかける。


でも、朝、大笑いをしていた彼女が、
今度は、突然、大泣きを始めることもある。

ほぼ全身麻痺、感情は「普通」にあるけど、言葉が話せない人が、

「うーうー!「あーあー!」と、彼女を指指して怒る。

彼女は、余計に、泣きわめく。

それぞれに重度の「障がい」を持つ人たちが、
公園に集まる犬のお散歩軍団の、「普通」のおばさんたちよろしく、
口々に、なだめたり、怒ったり、諭したり、、、よってたかる。


大笑いの時は、まわりをなごませるけど
大泣きの時は、まわりを混乱させる。

エナジーって、共鳴するんだな。波動だから。


泣いている時は、泣きやまそうとする。笑っててほしいと願う。

不思議だ不思議だ。

どっちも、同じ感情なのに、「泣き」は人気が無い。^^


それは、共鳴するから。

笑いは、自分の中の笑いとレゾナンスして、引き出される。
嬉しくなって楽しくなる。

泣きは、自分の中の哀しみや我慢やイライラとレゾナンスする。
だから、不安になって、嫌な気分になるんだね。


泣くだけ泣けばいい。
哀しみだけ、押し込めるなんて、おかしなことだと思う。


彼女が、、、、
泣きやんだ時の、まっ赤っかの、お鼻が、、、大好きなんだよ。


超~かわいくて。


それにしても、、、
なんて、心やすらぐ場所なんだろう、、、ここは。


「普通」という定義が、ボコボコにされて、壊れますよ。

この世に「普通」なんて存在はないです。

「いびつ」な人の集まり。いびつな個性の寄せ集め。
それが、多数になったところに「普通」という言葉があてはめられるだけ。
つまり、「平均」ってことですね。

だけど、そして、たとえ、とてつもなく「いびつ」な存在であっても、
その存在を排除してしまうと、、、実は、正しい平均値は、崩れてしまうんですよ。

「いびつであることの大切さと完璧さ」
http://newbanbing.blog107.fc2.com/blog-entry-185.html

笑っても怒っても、
何やっても、どんなにいびつであろうとも、
あなたは、、、
誰ひとりとして、欠けてはいけないのです。


私たちみんなのために
私たちは生きているんだし、
私たちひとりひとりが生きているから
みんなも生きていけるのです。

だから、心から、ありがとうです。本当に。


ここまで書いてメールをチェックしてたら、
ハワイの菅原真樹さんからメッセージが来てました。
真樹さんのブログでで、Atsのこと書いてくださったそうですーー。
はづかしーーけど、嬉しいです。ありがとうございました!
全然ダメダメなんですけどね。
このいびつさも、「平均」のワンピース。

真樹さんのブログ、
「求めないシリーズ」など、4月から精力的に更新されています。
うんうん。そうですそうです。と、勉強になりますよ。読んでくださいね!
http://ameblo.jp/kalokohouse/


神さま、今日もありがとうございました。
明日もまた神さまたちと会えるのを楽しみに、今日も寝まーす!
いびつな私も、元気でおハタラキ出来ますように。



皆さまも、笑ったり怒ったり、ナイスな夢を、、、


別窓 | 施設の神さまたち
| At's the way |
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